「ガラスの林檎たち」
第一章 誰にも言えない

ガラスの林檎たち 23

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「もういい、もういいから、泣くな。」

「わ、私、やっぱり、頭おかしいよ、、、。
もう大丈夫だって、最近は全然普通に、普通に人と話せるようになったし、接することが出来るようになったのに、だから退院出来たのに、、、なんで、、、?
なんで、いつまで経ってもあなたに触れられないの?
あなたは私の、、、旦那さんなのに、、、おかしいよ、私。ヘンだよ、、、。」

「いいんだって、そう言っただろ?
俺はお前が一生俺に触れなかったとして、そんなことは全然気になんかならないんだからな。
お前はただ、俺の傍にいてくれればそれでいい。
お前がお前でいてくれればそれでいいんだよ。」

「私が嫌なの!
どこの世界に、、、自分の夫に触れられない妻がいるのよ!
私がヘンなの、、、。おかしいの、、、。」

段々と表情を無くしていく顔に、どうしても貴之は過去の恵を思い出さずにはいられなかった。
そしてそれに、ある種の危機感を覚える。
どうすればいい?
どうすれば彼女に__上手く取り繕えるのだろう。

「俺は気にしない。俺が気にしない!
だから、それで十分じゃないのか?」

彼女は少し貴之に微笑んで、それからまた大きくかぶりをふった。

「私がこんな__不良品で、ごめんね。、、、ほんとにごめんね。」

その言葉に、彼女の表情に、貴之は二の句が継げないでいた。
早く、早く何かをいって、取り繕わなければならないのに、金縛りにでもあったような彼の身体は彼女のためにほんの少しも動けないでいた。

いつから__だろうか。
彼女が完全に精神を病み、言動そのものに整合性がとれなくなってきたのは。
貴之が恵を軟禁し、彼女が妊娠を自覚したその時から、少しずつおかしくなっていったのは確かだった。
好きでもない、むしろ憎むべき男の子供を妊娠しているという彼女にとってみれば途方もなく耐え難い現実に彼女は毎夜毎夜___自分の腹を殴りつけていた。
虚ろな目とともに、首をひたすら横に振りながら、彼女は自分のお腹を殴りつけていたのだ。
現に一度それが原因で雫を流産しかけたこともある。
それに初めて貴之が気付いた日こそが、彼女を深く愛していたのだ、と自覚した日でもあった。
消えて、消えて、消えて、全部消えて。
そう呟きながら自分のお腹を殴りつける恵を見ていると、どうしようもなく腹が立った。
己の卑小さと、無力さに。
そうと自覚した日から、彼は彼女に指一本触れなかった。
それは贖罪の代わりに___なったのかどうなのか。
彼女を解放して、自分の元から引き離してやる勇気はとても彼にはなかったのだから。
もう彼は___彼女なしでは生きていけないだろうと深く自覚していたのだから。
卑怯でずるくて、自分は__馬鹿だ。
そう思ってもなお、彼女を自分から離してやることなんぞ出来るはずはなかった。

それでも__それでも、雫がいた頃はよかった。
雫が生まれてからは、恵の状態も、時々不安定になることはあっても大体が安定していた。
恵は雫を懸命に愛した。
恵にしてみれば雫だけが精神的な支えであったのだ。
雫ちゃんは、雫ちゃんが、雫ちゃんの__
娘を挟んで会話をするときだけは、恵は貴之に微笑みかけた。
その時だけ、彼女は彼を真っ直ぐに見つめた。
貴之にとっても、雫はかけがえのない存在で。
そして彼もまた、恵に負けず劣らず雫を愛した。
貴之は__彼は、雫を恵と思いたかったのだ。
恵を愛すことが出来ない分、雫には出来る限りの愛情を注いだ。
雫の欲しがるものはなんでも買い、彼女のしたいと思うことは何でもさせた。
時々恵に釘を刺される程度に、雫の事を徹底的に甘やかしていた。

__今思い起こしてみても、あれは自分の人生の黄金期だった。

ふと、貴之はそう思う。
雫が初等部の5年生に上がった頃からその歯車は狂い始め__そして雫が中等部に上がってまもなくに、あの恐ろしい事件が起きた。
今でも頭から離れられないあの光景。
血だらけになってこときれている雫とそれを抱きしめる母親の光景。
雫が死んだ__あの夜の光景。
雫が死んだ後、恵は完全に心を壊したのだ。
ことあるごとに錯乱し、突然暴発して暴れ出して、かと思えば我に返ったかのように雫の名を気が済むまで呼んだりもして。
誰の目から見ても、明らかに気が違っていた。
ときたま貴之に関する言動にも違和感のようなものがあったが最初のうちは娘を失ったショックで動転しているのだろう__彼女はすぐに元の彼女になるだろう__と、そう高をくくっていたのに。
病院で医師から出された診断書には___部分性記憶障害と、そう記されていた。
恵は、彼女にとって都合の悪い記憶だけを、自分の頭から消し去ってしまったのだ。
貴之が恵を強姦したことにより無理矢理結婚を迫ったことも
雫がレイプされた際に出来た子供であるということも
雫が___死んでしまったことも。
彼女の記憶では彼女はごく幸せな人生を送っていた。
『なかったことにしたい、ぜんぶ、初めから』
彼女は彼女のいったことを遂には実行してしまった。
しかし、それは誤った記憶のため、やはりどこかで歪みが生じる。
整合性も辻褄も、時々何もかも合わなくなることがある。
たとえば、、、貴之との関係そのものがそうだった。
彼女は貴之を自分が愛した末に出来た夫だと思い、彼に触れようとしては、自分の何かが拒否反応を示す。
彼に触れることも出来なければ触れられることも出来ないのだ。
彼女はそんな自分を責め、、、彼に捨てられる恐怖にいつしか怯えるようになる。
結局の所いまだに恵は貴之に好意はもっていても、愛することは出来ていない。
それゆえ恵は、、、時々自分に妻としての価値がない欠陥品に思えて、彼がいくらそうではないといっても聞き入れなかった。

「お前を不良品なんて言う奴がいたら、俺はそいつを一生許さない。例えお前でも、許さないからな。」

頬に伝う涙を拭いながら部屋を後にする恵に、貴之にはこの言葉をかけるだけで精一杯だった。









「副社長。この間ご依頼された城宮雫に関する調査報告書です。
お目を通しておいて下さい。」

副社長室に入った西田が調某員から預けられた調査報告ファイルを司に差し出す。
つくしに最後に会った日から一ヶ月以上経っていて__その上城宮雫に引っかかるところはあっても特に印象に残るだとか惹かれるだとか、そんなことはまずなかったので司からも雫の記憶が抜けかけていた__丁度その頃であった。
城宮雫についての素性調査が終了したのは。

「ん?ああ、、、そこに置いといて。適当な時間にみとくから。」

「かしこまりました。
ですが、、、副社長、何故いきなり__この少女について?」

牧野様に瓜二つでいらっしゃるからですか?とはさしもの西田も口には出来ないようで。
それにしても、顔貌だけを見て、それで雫に興味を持ったからと言って、このような報告書を作成させる司でないだけに、西田も、この件は疑問に思って仕方がなかったのだ。

「ああ、いや、、、気になることが少しあってな。
別に大したことではないんだが。」


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